2013年12月11日水曜日

小学生における視覚誘導性自己運動感覚


小学生を対象とした視覚誘導性自己運動感覚の発達についての研究が、英国の学術雑誌「Perception」に掲載されました(20132月)

 

【研究概要】

 私たちは自分自身の身体の動きを認識するために、視覚的な動きの情報を利用しています。そうした視覚の働きは非常に強力で、たとえ自分の身体が動いていなかったとしても、視覚的な動きを目にするだけで、自分自身の身体が動いているように錯覚してしまうことがあります。例えば、駅のホームに停車している電車に乗っているときに、隣の電車が動き始めるのを見た瞬間、止まっているはずの自分の乗っている電車が動き始めたように錯覚することがあります。こうした現象は視覚誘導性自己運動感覚(ベクション:vection)と呼ばれ、個人差はありますが多くの人に共通して起こる錯覚です。
 その一方で、ベクションは子どもの頃にも生じるのか、そしてそれが成長にともなってどのように変化していくのかについて、成人の結果と比較しながら科学的に研究した例はほとんどありませんでした。そこで私たちは、小学生(15名)と成人(20名)にベクションを引き起こしやすい映像を観察してもらい、映像を見始めてからどれくらいの時間でベクションが生じるのか、また、ベクションが生じている間、どれくらい強く自分自身の身体が動いているように感じていたのか、などを実験心理学的な手法を用いて調べました。
 その結果、小学生は成人に比べて、映像が提示されてからより短い時間でベクションを経験すること、それに伴ってより強力な身体運動の錯覚を感じていることが示されました。こうした結果からは、子どもは成人に比べて、自分自身の身体の動きを認識する際に、視覚的な情報に頼る割合が大きい可能性が示されます。
 ベクションはバーチャルリアリティ技術とも関係の深い現象です。遊園地などのアトラクションや、家庭向けのミニシアター、ゲーム機など、近年、様々な場面でバーチャルリアリティやそれに類する技術に接する機会が増えていますが、そうした環境下で、子ども達は成人とは異なる感覚経験を得ている可能性があります。錯視や錯覚の発達を科学的に調査し、高度に情報化された環境中で子どもたちがどのような感覚経験をしているのかを明らかにすることは、現代の子どもたちの生活環境を改善していく上で重要な課題であると言えるでしょう。

 【書誌情報】


 【その他】

本研究は、妹尾武治先生(九州大学・准教授)との共同研究です。また本研究の一部は、諸橋幸映さん(新潟大学人文学部・平成23年度卒)の卒業研究として実施されました。

環境中を移動する際に生じる景色の流れの認識特性


環境中を移動する際に生じる景色の流れの認識特性について、成人を対象に実施した研究の成果が英国の学術雑誌「Vision Research」に掲載されました(2012年4月) 

 

【研究概要】

 私たちが身体を動かすと、それに応じて視界に映る景色もダイナミックに変化します。例えば、まっすぐ前を向いて前進すると、目に映る景色は放射に拡がるように流れていき、反対に後ろへ下がれば、景色は放射状の軌道にそって縮むように見えます。私たちの脳は、そのような目に映る景色の流れを視覚的な動きとして分析することによって、私たち自身がどこに向かって、どれくらいの速さで動いているのかを計算しています。その一方で、普段の生活で身体を動かしている時に、そうした景色の流れが意識されることはあまり無いように思われます。こうした矛盾について実験心理学的なアプローチを用いて検討しました。
 実験では、11名の実験協力者にメガネ型のコンピューターディスプレイを装着した状態で、車いすに座ってもらいました。車いすを前後に揺すると、それと同期してディスプレイ上には簡易なCGで再現された景色の流れが映ります。このとき、車いすの動きと対応した、正しい方向の景色の流れが映る条件と、車いすの動きと対応しない、本来とは逆向きの景色の流れが映る条件を設け、それぞれの条件で映像がどのように認識されるのかを調べました。その結果、協力者間で個人差はあるものの、車いすの動きと対応した正しい景色の流れが提示される条件よりも、そうではない条件で、景色の流れの詳細を認識しやすいという傾向が示されました。こうした結果は、私たちが移動しているときには、それと対応して生じる景色の流れに対する主観的な認識が抑制されることを意味します。
 私たちの脳が、身体運動の状態を把握するために景色の流れを積極的に利用する一方で、私たちの主観的な意識上では、そうした景色の流れについての認識が抑制されているようです。こうした認識特性は、移動中に生じる視覚的な動きの見え方を低減することによって、常に動的に変化する目に写った景色から外界の安定した構造を見出し、それを認識することに役立っていると考えられます。

【書誌情報】

【その他】

本研究は、市原茂先生(首都大学東京・名誉教授、株式会社メディア・アイ 感性評価研究所・所長)との共同研究です。